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徳島地方裁判所 昭和59年(ワ)80号 判決

原告

山嵜惠子

右訴訟代理人弁護士

林伸豪

枝川哲

川真田正憲

被告

中西頼雄

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

主文

原告が被告経営にかかる鴨島中央病院の従業員としての地位を有することを確認する。

被告は原告に対し金七二四万四六四〇円及び昭和六二年七月以降毎月二五日限り金一五万〇九三〇円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文と同旨。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は徳島県(住所略)において精神病院「鴨島中央病院」(以下「被告病院」という。)を経営している医師である。

2  原告は昭和五七年五月一〇日被告に雇用され、正看護婦として被告病院で就労していた。

3  被告は昭和五八年七月九日付で原告を懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)したとして、同日以後原告の従業員としての地位を認めない。

4  本件解雇時の原告の平均賃金は一か月一五万〇九三〇円であり、その支給日は毎月二五日である。

よって、原告は被告に対し、原告が被告病院の従業員の地位にあることの確認と、昭和五八年七月分から同六二年六月分までの未払賃金総額七二四万四六四〇円の支払及び同年七月以降賃金として一五万〇九三〇円を毎月二五日限り支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  被告は昭和五八年七月九日、原告に対し懲戒解雇する旨の意思表示(本件解雇)をした。

2  本件解雇は以下のとおり正当な理由に基づくものである。

(一) 原告の非違行為

(1) 原告は被告が指示した患者に対する注射を勝手な判断で取り止めたり、指示とは全く異なる注射をした。すなわち、

〈1〉 被告は昭和五八年二月九日甲野一郎の状態が非常に悪いので甲野に対し神経安定剤「ヒルナミン」及び抗パーキンソン剤「アキネトン」の注射をすることをカルテに記入してその指示をしたのに、原告は患者が注射を嫌がるとの理由で独断でこれを取り止め、婦長らに対する事後報告もしなかった。そのため、症状がさらに悪化し、甲野が病院の施設を破壊し暴れ回るという事態を招いた。

〈2〉 被告は同年六月一六日乙山二郎に対しヒルナミンとアキネトンの夜間注射と、精神神経安定剤「コントミン」の二日間の昼間注射をすることをカルテに記入してその指示をし、これに従い、一六日には他の看護婦によってコントミンの昼間注射とヒルナミン、アキネトンの夜間注射が行われたのに、翌一七日の昼間勤務者のリーダーであった原告は、何らの理由もなく、コントミンの昼間注射を取り止め、事後報告も一切しなかった。

〈3〉 被告は同月一三日丙川三郎に対しコントミンの夜間注射をすることをカルテに記入してその指示をしたのに、原告は同月一九日の夜間勤務の際独断で右注射を取り止め、観察記録に「良眠のため夜の注射を施行せず。」と記入したのみで、医師、婦長らに対する事後報告は一切しなかった。

〈4〉 被告は同月一二日丁谷花子に対するヒルナミンの夜間注射を指示したのに、原告は同月一九日の夜間勤務の際独断でこれを取り止め、何らの事後報告もしなかった。

〈5〉 被告は右丁谷に対して従前ヒルナミンとアキネトンの夜間注射を指示していたが、同年七月八日同人の血圧が低下して精神症状が著しく悪化したのでアキネトンに変えて血圧昇圧剤「エホチール」を注射することをカルテに明記し、婦長も昼間勤務者から夜間勤務者への業務引継ぎの際所定の黒板にその旨板書したのに、原告は従前のままヒルナミン及びアキネトンを注射した。

(2) 原告は「この薬は毒が入っているから飲むな。」とか、「この病院は薬を飲ませ過ぎだ。この薬とこの薬はいらん。」などと患者たちに虚言を弄しては、被告が指示した薬の全部ないし一部を独断で与えず、これを隠匿していた。このことは看護婦の亀窟綾子が同年七月五日、婦長から投薬指示違反を咎められた際に自分だけでなく原告もしていると申し立てたことから露顕したものである。

(3) 原告は特定の患者に対して治療上厳しく規制されている煙草を「おやつ」と称して与えたり、菓子類等を無制限に買い与え、買物の便宜を図っていた。

(4) 原告は特定の患者の家族に対して電話でコーラ等患者の希望する食品類を差し入れるように催促した。

(5) 被告病院においては、原告を含む一部の職員が鴨島中央病院労働組合を結成しており、被告やこれに加入していない職員(非組合員)との間に対立関係があるところ、原告は患者を手なづけ、「あの職員(非組合員)は院長側だから、あの人らの言うことを聞いていたら絶対に退院できない。」「院長は金儲けのためにどんどん注射をする。」などと虚偽の事実を吹き込んで、前記のとおり、適切な投薬を受けないため症状が不安定になっている患者が被告や非組合員に敵意を抱くよう仕向け、暴行をするよう煽動した。

(6) 原告は、昭和五八年六月一〇日ころ徳島県医務課に対し「被告病院では六月一五日に患者が集団脱走する。」という虚偽の事実を申告した。

(7) 原告は昭和五八年三月から同年五月にかけて長期間にわたって特定の患者にほとんど一日中かかりきりになり、その余の仕事を後回しにし、命じられてもこれを拒否した。患者にかかりきりになったとしても症状が急に改善されるものではなく、この患者は原告に甘やかされ、その後急に突き放されたため、かえって、精神状態が悪化した。

(8) 原告は昭和五八年五月二七日、自分では何一つ判断できない重症患者の戊田梅子を、病院外に出ることが極めて容易な場所に独断で放置した。

(二) 原告の非違行為がもたらす影響

原告の右(1)ないし(4)、(7)の所為は、使用者である被告の業務命令を日常的に無視するものであり、病院内の統制を乱し病院業務の正常な遂行を阻害することは明白である。また、これらの所為は特定の患者の依怙贔屓に繋がり、その結果として病院の患者に対する適正な管理を阻害するばかりか、精神病患者はそれ以外の病気の患者以上に看護婦のこの種の依怙贔屓に対しては過敏であり、このため治療行為に重大な支障を来たすことになる。とくに右(1)、(2)の所為は、医師の判断を無視して勝手に医療行為を中止・変更するものであり、看護婦としての基本的義務に反し、患者に対する医療行為に重大な支障を来たすことはもちろん、注射・投薬をしない結果、患者の症状を著しく不安定にし、自殺・自傷行為や他の患者、病院従業員に対する殺傷行為を惹起する恐れも極めて大きく、そのような事態に至れば、病院の社会的信用が失墜することは必至である。

原告の右(5)の所為は、虚偽の事実に基づき被告や非組合員に対するいわれのない敵意を植え付けられること自体、心を病んでいる患者たちにとって重大な悪影響を及ぼすばかりか、被告や非組合員である被告病院従業員らは安心して治療に専念することもできないことになって、患者に対する治療行為に重大な支障を来たすものである。また、煽動された患者が他の患者や従業員を殺傷したりして被告病院の社会的信用が失墜する危険性をはらんでいる。

原告の右(6)の所為は被告病院の社会的信用を失墜させ、ひいては病院経営を不可能にするものである。現に、当時、被告病院に対する良からぬ風評が流され、多数の患者が治療の途上において退院していったほどである。

原告の右(8)の所為のように重症患者を独断で病棟外に放置すると、その患者自身が交通事故などに遭う恐れがあるだけでなく、その患者が他の患者や病院従業員、さらに付近住民に対して殺傷行為を行う恐れもあり、看護婦である原告はこのことを熟知しているはずである。したがって、原告の所為は被告に対する単なる脅しや嫌がらせでは片付けられないものであり、仮に右のような事態が生ずれば、被告病院の社会的信用を失墜させる危険性をはらんでいる。

(三) 被告病院就業規則上の懲戒解雇事由該当性

原告の右(1)、(2)の所為は被告病院就業規則七一条一号(七〇条一二号)にいう「理事長又は其配下にある担当医師の指示に依らずして勝手に診療行為又は之に準ずる行為をし、その情がとくに重いとき」に、(1)ないし(4)、(7)、(8)の所為は同七一条六号にいう「職務上故なく上長の指示に従わず又は越権専断の行為をして職場の秩序を乱したとき」に、(5)の所為は同七一条一号(七〇条一三号)にいう「みだりに人をせんどうし職員の平和と秩序並びに団結を乱し病院業務に支障をきたす恐れがあり、その情がとくに重いとき」に、(6)の所為は同七一条一五号にいう「病院の経営政策、患者の治療状況、生活指導、病院内容の実体、患者の入退院時の状況、受診の状況、並びに経理等病院経営に関し真相を歪曲して悪質な宣伝、流布をおこなったとき」に、それぞれ該当する。

このように、原告の所為は就業規則上の懲戒解雇事由に該当することはもちろん、客観的にも極めて悪質かつ危険なものである。被告は手続的にもかねてから原告に対し再三にわたって口頭又は書面により警告を行い、処分に当っても十分に原告から事情を確認し、弁明の機会も与えてきたが、原告は開き直る態度に終始した。被告としては、原告が何ら反省の色を示すことなく、前記行為を中止するつもりが全くない以上、原告を看護婦として被告病院内にとどめることは患者に対する治療に重大な支障を来たし、病院業務の円滑な運営を阻害することはもちろん、患者や従業員の生命、病院の安全さえも脅かされることになるのでやむをえず原告を解雇したものである。

四  抗弁に対する答弁

(抗弁に対する認否)

抗弁1の事実は認める。同2(一)(1)〈1〉の事実は否認する。同〈2〉の事実のうちコントミンの昼間注射をせず、事後報告もしなかったことは認めるが、その余は否認する。同〈3〉、〈4〉の事実は原告が「独断で」注射を取り止めたとの点を除いて認める。原告は良眠を得ている患者に対しては注射を取り止めてよいとする被告病院の慣行に従って注射をしなかったまでである。同〈5〉の事実のうち七月八日にヒルナミンとエホチールではなく従前のままヒルナミンとアキネトンを注射したことは認めるが、その余は否認する。同2(一)(2)ないし(8)の事実はいずれも否認する。同2(二)、(三)の主張は争う。

(原告の主張)

1 精神剤の注射を実施しなかったことについて

(一) 乙山二郎の関係

仮に乙山二郎に対しコントミンの昼間注射の指示があったとしても、原告はこれを知らなかったものである。被告病院においては、昼間と夜間の勤務者間の業務引継ぎは、昼間勤務者のリーダーから夜間勤務の看護婦へ、夜間勤務の看護婦から昼間勤務者のリーダーへとされるものであるが、その際には婦長や他の看護婦も立ち会い、引継ぎをする者が次の勤務者へ申し送る必要のある医師の指示を記載した病棟日誌を読み上げ、一階看護婦詰所黒板にも指示事項を記載することによって行われるのが慣行となっている。それでも足りない特殊な場合に限り例外的にカルテに基づいて説明がされるのであって、病棟日誌による説明を受けなければ、引継ぎがあったことにはならない。しかも、乙山の場合のように指示のあった当日の昼と夜、及び翌日の昼の注射の指示が出ているときは、当日の昼間勤務者のリーダーが翌日分の注射の準備もするのが通例であるのに、乙山に対するコントミンの昼間注射の指示についてはその引継ぎもなければ、注射の準備もなかった。したがって、翌日の昼間勤務者のリーダーである原告としては右指示が出ていることを知ることはできなかったのであり、責任はむしろ指示を伝達する側にあったというべきである。被告は、カルテによって指示を確かめるべきであるというが、従来からの慣行による業務引継ぎがないのに、多忙な昼間勤務者のリーダーが患者全員のカルテを確認することによって注意事項や指示事項の有無を知ることを要求するのはあまりにも苛酷であって、乙山に対して指示どおりの注射をしなかったことについては原告には懲戒解雇事由に該当するような非違行為はないというべきである。

(二) 六月一九日の丙川三郎及び丁谷花子の関係

コントミン及びヒルナミンは中枢神経抑制作用、自律神経抑制作用により鎮静・静穏・麻酔強化・鎮静強化等の作用をもたらす抗精神薬であるが、血圧降下、パーキンソン症候群などの副作用も激しく、精神状態が悪化し、不安定な状態になればやむなく使用するが、これが治れば中止しているのが投与の実際である。患者の夜間における精神状態の良し悪しの判定の要点は良眠を得ているか否かにあり、看護の知識と経験を有する原告ら看護婦においても、良眠を得ているか、病的睡眠の状態にあるか、睡眠をしていても精神不安定の状態にあるかの区別判断はできるので、被告病院では従来から看護婦が夜間の巡回の際に患者が良眠を得ている場合には夜間注射の指示が出ていても患者を起こしてまでこれをする必要はないとされ、中止したときは、その旨看護日誌等に記載し、翌朝の申し送りの際報告すればよいという慣行になっていた。原告も、被告病院に就職した当初は被告に対し患者が良眠を得ている場合でも夜間注射をすべきか否かの指示を求めていたが、被告から患者が寝ていれば起こしてまで注射をしなくてもよいと言われ、原告が従前勤務した他の病院でも同様であったので、右慣行に従っていたが、これまで被告からこのことについて注意を受けたことはなかった。

丙川三郎については六月一九日の夜同人が良眠を得ていたので、原告は右慣行に基づきコントミンの注射を取り止めてその旨病棟日誌等に記載し申し送りをしたものである。そもそも、丙川については、カルテにおいても数日間のコントミン注射という瞹昧な指示が出されており、前日の一八日にも注射をしていないくらいであったのであるから、一九日に敢えて注射をしなければならない必要はなかった。

丁谷花子は六月一九日、午後九時の消灯時刻前ころ喫煙所で煙草をふかしており、原告が夜間注射をする旨話すと、同人は「絶対に寝ます。もうちょっと待ってください。家にいるときでも一一時までは起きているのだから。注射の跡は痛いのでそれまで待ってください。」と言って入室したので、原告は、一一時までに就寝していなければ注射することを約してとりあえず注射の実施を見合せた。そして、一一時過ぎころ病室を見回わると、同人は寝台に横たわっており、それから一時間おきに様子を観察したところ寝入っていることが確認できたので注射をしなかったものであり、その旨は病棟日誌等に記入して報告した。原告は、右の場合、従来の慣行から外れるものではないと判断してこのような処理をしたのであるが、あとで、やや適切に欠けるところがあったと考え直し、被告に始末書を提出している。また、丁谷については、注射部位が発赤し、本人が痛みを訴えたことも注射を控えた一つの理由である。したがって、以上の原告の所為は被告病院の従前からの慣行、もしくはそれの趣旨に照らして適切を欠くものではなく、懲戒解雇事由には当らない。

(三) 七月八日の丁谷花子の関係

原告は、七月八日の昼間勤務者のリーダー玉井茂美からは丁谷花子に対する夜間注射がアキネトンからエホチールに変更になった旨の引継ぎは受けておらず、そのため右指示変更を知らないでアキネトンを従前どおりに注射したものである。被告は、カルテに右指示変更が記載されていたというが、昼間勤務者から夜間勤務者への業務引継ぎは前記のとおり病棟日誌を中心として行われるのが慣行であり、引継事項を点検する目的でカルテを逐一チェックしていくという方法はとられていなかったのであるから、カルテに右指示変更が記載されていたからといって、引継ぎの中で申し送られない以上、原告においてこれを知ることはできず、指示が守られなかったことの責任を原告に帰するのは不当である。

また、エホチールは、ヒルナミンの副作用である血圧降下を防止するための血圧昇圧剤であり、血圧が高いときは注射をすべきでない。原告が当日夜間注射に当って丁谷の血圧を測定したところ、最低七〇・最高一一〇であり、ヒルナミンの注射を中止すべき状態でないことを確認したうえで、ヒルナミンとアキネトンの注射をしたのであって、翌九日の指示によっても、最高値一〇〇以上のときはアキネトンを、一〇〇以下のときはエホチールをそれぞれヒルナミンとともに注射することとされていたのであって、原告の所為は丁谷に対する処置として結果的に何ら問題となるものではない。

2 緩下剤の投薬を中止したことについて

精神剤は副作用として便秘を伴いがちになるので、緩下剤が併用されるが、被告病院では入院患者に一週間分を纏めて支給するために、続けて服用すると症状によっては下痢を助長することにもなりかねず、かえって身体に悪影響を生ずるものが出てくるので、患者に下痢の症状が出てきた場合には、従来から慣行として、看護婦が投薬ずみ緩下剤を引き上げ、看護婦詰所の物入れの引き出しに保管していた。被告主張の、原告が患者に与えないで隠匿していたという薬剤は右のような理由で引き上げられ、保管されていた緩下剤のことであり、被告の主張は著しく事実を歪曲するものである。

五  再抗弁

1  解雇権の濫用

前記のとおり、本件解雇は何らの解雇事由もなくしてされたものであるから、本来的に無効のものであり、仮に原告の所為のうちいずれかが解雇事由に該当することがあるとしても、前記の事情に照らせば、本件解雇は解雇権の濫用であって、許されない。

2  不当労働行為

本件解雇は、昭和五八年一月に結成された、原告所属の労働組合(結成時は「全国一般鴨島中央病院支部」と称したが、同年三月七日に加盟上部団体を徳島県医療労働組合協議会に変え、現在は同協議会所属「鴨島中央病院労働組合」と称している。)に対する被告の嫌悪、敵対姿勢から組合弱体化の目的でされたものである。すなわち、被告は、組合が結成されるや、組合敵視の態度を取り続け、同年二月一〇日当時組合委員長であった吉田卓史が徳島県精神病院協会准看護学院へ入学するについてした身元保証を取り消して退学を余儀なくさせた。同年二月一四日には組合役員をしていた亀窟綾子、中田直子及び原告を解雇し、後に原告らが地位保全などを求めて裁判所に対し仮処分申請をしたことから同年三月一〇日に解雇は撤回されたものの、組合員と非組合員間の賃金差別措置をとり続け、同年六月一一日には組合員北島高江、組合副委員長竹内美和子に対し不当配転を強行し、これについては右両名において裁判所に対し配転処分等効力停止の仮処分申請をし、これを認容する決定があり、また同月二五日には組合事務所の使用を不可能にした。これらに続いて組合の組織を徹底的に壊滅しようとして行われたのが、組合委員長の原告に対する本件解雇と副委員長の亀窟綾子に対する再度の解雇である。以上のとおり本件解雇は被告病院と組合の対立激化の最中にされたものであり、組合委員長である原告に対する差別待遇・不利益取扱いであって、組合の組織破壊及び活動の弱体化を意図したものであるから、不当労働行為に当り無効である。

3  労働協約違反

組合と被告間には、昭和五八年三月一〇日に締結された労働協約があり、その中で、組合員の労働条件の変更及び人事については両者の間で事前協議を行うことが定められていた。本件解雇は、右事前協議を経ないで行われたものであるから右労働協約違反により無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の解雇権濫用の主張は争う。

(一) カルテは注射・投薬の指示を医師が自ら記入する唯一のものであって、全ての医療機関においてはこれをもとにして治療が行われているのであり、これを全く度外視して注射等の指示の申し送りをすることはない。すなわち、被告病院においても昼間勤務者のリーダーは要注意患者のカルテを見ながら病棟日誌に指示事項を記載し、黒板にも板書し、夜間勤務の看護婦への申し送りの際には各要注意患者のカルテ及び病棟日誌を開いて示しながら申し送り事項を伝達しているのである。また、引継ぎを受けた夜間勤務の看護婦は病棟日誌に基づく明確な引継ぎを受けていなかったとしても、要注意患者のカルテには目を通して、注射の指示を確認すべきであり、それは困難なことではない。というのは、カルテに目を通さなければならない要注意患者は人数的に限られており、そのカルテは一般の患者のカルテと分別されて看護婦詰所の机上に置かれ、看護婦が手軽にチェックできる状態になっているからである。

(二) コントミンやヒルナミンは単なる睡眠薬ではなく、事実上催眠効果はあるが、精神病の諸症状を抑制するという薬理効果がその投与の本来の目的であり、反面副作用も重大であるから、単に患者に良眠を得させることが目的であるなら通常の睡眠薬の投与を指示したはずであり、良眠しているから注射をしないというのは治療上誤りであって、原告主張のような慣行はあるはずがない。さらに、患者は良眠しているように見えても、必ずしも正常な睡眠状態にあるとはいえず、病的睡眠の場合もままあり、その区別は専門の医師でさえなかなか困難であって、六月一九日の時点での丙川、丁谷の症状からすると、その睡眠は病的睡眠であった恐れも大である。したがって、患者が良眠を得ているように見えても、看護婦としては安易に注射を中止して放置してよいものではなく、仮に患者が生理的睡眠にあるとしても医師の指示を仰いで処置すべきものである。

ヒルナミンの副作用の過敏症として発赤が出ることは極めて希にあるが、それは全身にじん麻疹状として出るものであって、注射部位に局所的に発生することはない。丁谷の場合、発赤が出ていたとしても、注射による局所刺激が原因であり、もし、原告において副作用の過敏症が出現したと判断したのなら、注射をしないでそのまま放置せず、直ちに医師に報告してその指示を仰ぐべきであるし、注射の局所刺激による発赤に過ぎないのなら、他の部位に注射をするか、患部を湿布して発赤を散らしてから注射をすべきである。また、丁谷が注射部位が痛いと訴えたとしても、精神病患者は妄想知覚として実際にはたいして痛くもないのに痛いと思い込んで注射を拒否することもあり、安易に訴えに従うことは許されない。

(三) 仮に緩下剤の投与を受けた患者に下痢の症状が出たならば、医師に直ちに報告して、その指示を仰ぐべきであって、自己の判断で緩下剤の投与を中止してそのまま放置しておいていいものではない。

2  同2の不当労働行為の主張は争う。

3  同3の事実のうち、組合と被告との間で原告主張の労働協約が締結されたことは否認、その余は争う。

第三証拠(略)

理由

一  被告が被告病院を経営している医師であること、原告が昭和五七年五月一〇日被告に雇用され、正看護婦として被告病院で就労していたこと、被告が原告に対し昭和五八年七月九日付で懲戒解雇する旨の意思表示(本件解雇)をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  本件解雇の適否

1  (証拠略)によれば、本件解雇は原告について、(一)被告の指示した注射を勝手に取り止めたり、指示したのとは異なる注射をしたこと、(二)患者に虚言を弄して被告の指示した薬を投与しないで隠匿したこと、(三)治療上厳しく規制されている煙草・菓子類を特定の患者に買い与え、買物の便宜を図ったりしたこと、(四)特定の患者の家族に電話で飲食物の差入れを催促したこと、(五)右(二)ないし(四)の方法で患者をてなづけ、労働組合の組合員でない職員の指示に従わないようになどと煽動したこと、(六)徳島県当局に患者が集団脱走するなどと虚偽の事実を申告したこと、(七)特定の患者の看護にかかりきりになって他の仕事を拒否したこと、(八)重症患者を病棟外に放置したこと等の非違行為があり、右(一)(二)の所為は被告病院就業規則七一条に定める懲戒解雇事由のうち一号(七〇条一二号)の「理事長又は其配下にある担当医の指示に依らずして勝手に診療行為又は之に準ずる行為をし、その情がとくに重いとき」と、六号の「職務上故なく上長の指示に従わず又は越権専断の行為をして職場の秩序を乱したとき」に、(三)(四)の所為は右同条六号に、(五)の所為は同条一号(七〇条一三号)の「みだりに人をせんどうし職員の平和と秩序並びに団結を乱し病院業務に支障をきたす恐れがあり、その情がとくに重いとき」に、(六)の所為は同条一五号の「病院の経営政策、患者の治療状況、生活指導、病院内容の実体、患者の入退院時の状況、受診の状況、並びに経理等病院経営に関し真相を歪曲して悪質な宣伝、流布をおこなったとき」に、(七)(八)の所為は前同条六号にそれぞれ該当することを理由としてされたものであることが認められる。

2  懲戒解雇事由の有無

(一)  注射を中止したこと等について

(1) 甲野一郎の関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 入院患者の一人である甲野一郎は精神状態が安定せず、暴れ回って、看護婦のみならず医師の説得さえ聞き容れないことがしばしばであったところ、被告は昭和五八年二月九日、甲野の精神状態が悪化したので、午後五時ころ個室に移し、ヒルナミンとアキネトンを注射することを指示した。

〈2〉 その日の昼間勤務の看護婦は右指示に従い午後五時三〇分ころ右注射をしようとしたが、甲野が拒否したためすることができず、このことは夜間勤務に入った原告に引き継がれた。甲野は午後七時一五分ころになって、「院長を呼べ。」などと言って、看護者を怒鳴りつけ、同三〇分ころには畳の下の板を足で蹴り、個室のドア、窓ガラスなどを壊し始めたが、被告とは連絡が取れず、男子職員も少ないため、原告ら夜間勤務者は病棟長原田雅弘の要請で出動した警察官五名の協力を得るなどして、甲野を別の個室に移した。その際も甲野は警察官の指図には素直に応ずるものの、看護者には食ってかかる始末であり、その後も怒鳴ったり、天板を壊したりしたので、原告ら夜間勤務者は翌一〇日の午前五時五分ころ再び警察官に出動してもらい、原告においてイソプロとヒルナミンの注射をし、その結果、同三〇分過ぎ甲野はようやく入眠した。

〈3〉 原告はこのときの処置について本件解雇に至るまで被告から何の注意を受けたこともなかった。

以上の事実が認められ、(証拠略)中右認定に反する部分は(証拠略)と対比してにわかに措信しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は二月九日の夜間勤務に入った後においては甲野に対し注射をすべき立場にあり、甲野の右症状からすると、速やかにこれを実施するのが適当な措置であったというべきである。しかしながら、午後七時ころまでの甲野の症状がどうであったかは詳らかでないが、右認定の事実に照らすと、甲野はそれ以前から注射を受け容れる状態にはなかったと推認でき、原告が甲野に対し注射をしなかったのは、被告の指示を合理的な理由もなく破ろうとする主観的意図によったものではなく、甲野の状態からやむをえなかったものとみることができる。

(2) 乙山二郎の関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 被告病院では、注射等の指示は医師がカルテにそのことを記入し、主としてリーダーと呼ばれる昼間勤務の看護婦のうち当日の責任者が口頭でその指示を受け、リーダー以外の看護婦が指示を受けたときは当該看護婦が指示内容をリーダーに伝達し、リーダーが指示事項を病棟日誌に記入し、夜間勤務の看護婦と交替する際には、夜間勤務の看護婦は一人で常時約一六〇名の入院患者の看護に当るため婦長や他の看護婦の立会のもとに、昼間勤務者のリーダーから夜間勤務の看護婦に対して指示事項や要注意患者等が病棟日誌に基づいて口頭で伝達され、看護婦詰所備付けの黒板に指示事項が記載されて引継ぎが行われることになっており、二日間にわたる注射の指示が出されている場合には二日分の注射が予め用意されて引き継がれることが多かった。その際には、夜間注射の指示が出ている患者のカルテも引き継がれ、他の患者のカルテとは別にナースセンターに置かれていたが、引継ぎの際にはカルテを開いて医師の指示を確認することはほとんどなく、注意して看護するよう特段の指示があった場合や指示の理由を知りたい場合に引継ぎを受けた看護婦がこれを見る程度であった。夜間勤務の看護婦から昼間勤務者のリーダーへの引継ぎも同様であり、注射等の指示のあった患者や要注意患者のカルテは昼間は看護婦詰所に他の患者のカルテと区別して置かれているが、診療報酬請求や診断書作成のために持ち出されることもあった。引継事項の中には病棟日誌に記載がないこともあり、この場合でも指示事項は口頭や黒板への板書によって引き継がれ、そのとおりに実施されていた。このような引継ぎの方法については被告や婦長から本件解雇の時点まで特段の注意はなく、看護婦は指示事項を実施すると、カルテと一体となっている観察記録及びカルテ右側の処方・手術・処置等欄に実施事項を記入し報告していた。

〈2〉 被告は昭和五八年六月一六日、外来患者の乙山二郎を診察したが、多弁・多動・徘徊等、精神状態が非常に悪かったため、被告病院の個室に入院させることにし、診察に立ち会っていた婦長の渡部美知子に、数日間ヒルナミンとアキネトンの夜間注射をすること、血糖値を含む血液検査のための採血・スクリーニングを実施することを指示し、個室で再び診察したところ、精神状態がさらに不安定になっていたことから夜間注射だけでなく、二日間コントミンの昼間注射をすることを指示し、その旨カルテに記入した。当日の昼間勤務者のリーダーであった松本みどりは、乙山が個室に移される前に病棟日誌に、乙山の入院、入院時の精神状態、ヒルナミンとアキネトンの夜間注射・血液検査等の指示事項をカルテから転記し、看護婦の佐藤洋子から午後一時ころコントミンの注射をしたとの報告を受けたのでその旨も記載したが、コントミンを翌日も昼間注射することは婦長と被告のいずれからも伝達されていなかったため記載しないし、黒板にも板書せず、翌一七日昼間のコントミン注射の用意もしないで、その日の夜間勤務の看護婦である西岡光江に引き継いだ。

〈3〉 翌一七日の昼間勤務者のリーダーである原告は、西岡看護婦からコントミンの昼間注射の引継ぎは受けず、カルテを見て指示事項のうち血糖検査のための採血とスクリーニングは実施したが、コントミンの昼間注射の記載は見落してこれを実施せず、右採血等のみを実施してその旨観察記録及びカルテに記入した。

〈4〉 以上の次第で、一七日には乙山に対するコントミンの昼間注射は実施されなかったが、その症状に著変はなく、原告は翌一八日、このことについて婦長から詰問を受けた。

以上の事実が認められ、(証拠略)中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してにわかに措信しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告が乙山に対する六月一七日のコントミンの昼間注射をしなかったのは夜間勤務者からその引継ぎを受けていなかったためである。しかしながら、被告病院においては、夜間勤務者から昼間勤務者のリーダーに対する業務引継ぎは病棟日誌が中心になるとはいえ、これのみによって行われるのではなく、必要に応じてカルテの記載も見ていることは右認定のとおりである。とくに乙山は前日の一六日に入院したばかりの患者であって、原告としても同人の症状を十分に把握しているわけでもなく、またその病棟日誌にはコントミンの注射をした旨の記載があるのであるから、コントミンの注射の指示が出ていることを想定してカルテを十分に点検すべきことを要求しても必ずしも酷に失するとはいえない。現に原告はカルテを見て採血等を実施しその旨をカルテに記載しているのであり、カルテを見た際、コントミンの昼間注射の指示が出ていることを見落したのは原告の不注意というほかはない。しかしながら、右認定の事実によれば、この不注意は一六日の夜間勤務者からの申し送り、ひいてはその日の昼間勤務者による病棟日誌への記載の不十分によって惹き起こされた一面がないとはいえず、原告としてはコントミンの昼間注射の指示を知らなかったためにこれを実施しなかったにとどまり、被告の指示を破ろうとする主観的意図があったわけではない。また、被告病院における看護婦の勤務交替時の業務引継ぎの方法は必ずしも完全なものとはいえず、この点に制度上の欠陥があったことも否めない。

(3) 丙川三郎の関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 被告は、入院患者の一人である丙川三郎が長期にわたって拒食・不眠状態が続き、妄想も出現するなど精神状態が悪いことから、昭和五八年六月一三日、数日間のコントミンの注射を指示したが、同月一九日の夜間勤務の看護婦である原告は午後八時五〇分、病室の見回りをした際丙川が良眠していたので、コントミンの注射を取り止め、その旨を病棟日誌と観察記録に記載しただけで、被告や婦長には改めて報告はしなかった。

〈2〉 コントミンは、中枢神経抑制作用・自律神経抑制作用を有する精神神経安定剤であり、精神分裂病・躁病・神経症における不安・緊張・悪心・嘔吐が主な適応症であり、催眠効果もあるが、副作用も強く劇薬に指定されている。そこで、被告は副作用を考慮に入れてもなお精神状態の安定に必要な場合にのみコントミンの注射を指示し、単に睡眠させるだけが目的である場合にはコントミンよりも安全なイソプロ等の睡眠薬の投与を指示している。

〈3〉 しかしながら、被告病院においては、従来、患者が睡眠しているときは、看護婦がその判断でコントミン等の精神神経安定剤の注射をしないことが多く、原告も被告病院に就職した当初、被告から夜間睡眠している患者を起こしてまで注射をする必要はないとの指示を受けたので、その後は自分の判断で患者が睡眠しているときは注射をしないようにしていた。原告が丙川に対する六月一九日のコントミンの夜間注射をしなかったのもこの従来からの慣行によったものであるが、同月二〇日ころ、被告から看護婦らに対し患者が寝ていても指示どおりにコントミン等の注射を実施するよう注意があり、従来の処置の仕方が改められた。

〈4〉 睡眠には生理的睡眠と意識障害である病的睡眠とがあり、両者の区別は、脳波を測定するか、患者の疾病の状態、身体的特徴、反射の状態などを医学的に観察することによって可能であるが、専門の医師でもその判断を誤ることがある。とくに緊張型の精神分裂病ではカタレプシーと呼ばれる高度の緊張症状により精神運動が低下し外部から与えられた姿勢を全く変えることができない状態に陥ることがあり、ともすれば生理的睡眠と間違えられがちである。

〈5〉 ところで、丙川は原告がコントミンの注射を中止した日の翌二〇日再び妄想が出現し、拒食を続けているものの、前日までと比べて症状が格別悪化した様子は見られなかった。

以上の事実が認められ、(証拠略)中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してにわかに措信しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、医師からコントミンの夜間注射の指示が出ている場合、患者が良眠を得ていれば、看護婦の判断でこれを中止してよいとすることには医学的に問題の余地がある。しかしながら、被告病院では、従来、患者が睡眠中の場合には看護婦の判断でコントミン等の注射を中止することが多く、原告自身被告から過去にそのような指導を受けたこともあり、原告が丙川に対するコントミンの夜間注射を中止したのも右のような理解によるものであって、原告においてことさらに被告の指示に背こうとする意図があったものではないことが明らかである。

(4) 六月一九日における丁谷花子の関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 入院患者の一人である丁谷花子は妄想・幻聴・徘徊など精神分裂病の症状が重く、不眠状態が続くことから、被告は昭和五八年六月一二日、コントミンと同様の効能、副作用を持つ神経安定剤であるヒルナミン及びアキネトンの夜間注射を指示したが、その日の夜間勤務の看護婦である松本みどりは、注射をしようとすると、丁谷が注射をしなくても眠るのでまってほしいと言うので様子を見ることにし、結局医師の指示を仰ぐことなく注射をしなかった。しかし、丁谷はその後も独語が多く、夜間の不眠が続き、職員の指導に従わないこともあって、同月一八日、改めてヒルナミンとアキネトンの夜間注射と、これを拒絶するなら個室に入れることの指示が出され、その日の夜間勤務の看護婦である亀窟綾子は丁谷から右同様の懇願を受けたが、指示に従いヒルナミン等の注射を実施した。

〈2〉 同月一九日の夜間勤務の看護婦である原告は、丁谷が午後九時ころ喫煙所で煙草を吸っており、他の患者が病室に入室しても動こうとしないため、夜間注射をすると申し渡すと、丁谷は「絶対に寝ます。もうちょっと待ってください。この間からしている注射の跡が痛い。」と言い、注射箇所の臀部を見ると発赤していたので、原告は、午後一一時までに入眠しなければ注射をする旨を告げて入室させた。午後一一時ころ再び巡回したところ、丁谷は寝たふりをしている疑いもあったが、静かに横臥しており、その後約一時間毎に観察したところ、寝入った様子であったので、原告は、結局右ヒルナミン等の注射をすることなく、以上の経過を病棟日誌と観察記録に記載した。原告は勤務明けの翌二〇日被告や婦長らに呼び出され、丁谷に対して注射をしなかったことについて始末書を書くように求められ、自己の判断で注射はしなかったが、以後の観察には気を配った旨の書面を作成して提出した。その後の丁谷の状態は原告が注射をしなかったことによって格別悪化したわけではなかった。

以上の事実が認められ、(証拠略)中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してにわかに措信しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

ところで、精神神経安定剤を注射すべき旨の指示があった患者については睡眠中であっても看護婦の判断でこれを中止することには医学上問題の余地があることは先にみたとおりであるが、さらに丁谷の場合には、右認定のとおり、午後九時の消灯前に巡回した際に床にさえ就いていなかったこと、丁谷は不眠状態が続きその日までにもたびたび注射の中止を懇願していたこと、原告の夜間勤務の日であった六月一九日の時点では丁谷が注射を拒否したときは個室に移すという強い指示が出されていたことなどの事情もあるのであり、このような状況下で、看護婦である原告が自己の判断でヒルナミン等の注射を中止するというのはとうてい妥当な措置とはいいがたい。しかしながら、被告病院においては、患者が丁谷のような態度を示した場合、看護婦がどのように対処するかについては、丁谷の場合においても、亀窟看護婦は注射を実施しているが、松本看護婦は実施していないというように区々であり、原告は就寝することを約束させてひとまず注射を見合わせ、その後見回りを続けて就寝していることを確認しているのであるから、良眠を得ている患者には起こしてまで注射をするまでのことはないとする考え方に準じてとった原告の措置にも無理からぬ一面があり、このことについて原告が看護婦としての職務を著しく怠ったということはできない。

(5) 七月八日における丁谷花子の関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 丁谷花子は昭和五八年七月に入ってからも不眠が続き、精神状態が悪いことから、被告は同月四日、ヒルナミンとアキネトンの注射をさらに五日間続行するように指示したが、同月七日の時点では血圧が最低五〇・最高九〇と低く、ヒルナミンには血圧降下の副作用があるため、他の医師から夜間注射を中止して様子を見るよう指示があったので、その日の夜間勤務の看護婦である西岡光江は右注射をしなかった。そこで、被告は翌八日ヒルナミンと血圧昇圧剤のエホチールを二日間注射することをカルテに記載しその指示をした。ところが、その日の昼間勤務者のリーダーの看護婦玉井茂美は被告や婦長その他の看護婦から右指示があったことの連絡を受けておらず、そのためアキネトンからエホチールへの注射薬の変更を病棟日誌に記載したり、黒板に板書したりすることなく、当日の夜間勤務の看護婦である原告にもこのことは伝達されなかった。

〈2〉 そのため原告は同日午後八時四〇分ころ、丁谷に対して変更前の指示に従いヒルナミンとアキネトンの注射をし、そのことを観察記録に記載した。このときの丁谷の血圧は最低七〇・最高一一〇であり、ヒルナミンの注射を中止しなければならない状態ではなかった。

〈3〉 その後、翌九日の測定では血圧が最低六〇・最高九八と幾分下がったものの、丁谷の症状に著変はなく、被告は同日、最高血圧が一〇〇以下のときはヒルナミンとエホチールの、一〇〇以上のときはヒルナミンとアキネトンの注射をするよう改めて指示をした。

以上の事実が認められ、(証拠略)のうち右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信しがたく、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、丁谷について注射薬変更の指示が実行されなかったのは、看護婦間の勤務交替時における業務引継ぎの中で指示変更の伝達がされなかったことに起因するものであり、被告病院においては、業務引継ぎの手段・方法について改善の余地があるといわなければならない。もとより、丁谷は夜間注射の指示が出されている要注意患者なのであるから、原告にはカルテによって指示内容を確認するだけの配慮が望まれるのであり、これをしなかった原告には不行届きのそしりを免れない。しかしながら、そうだからといって、右注射薬変更の指示が実行されなかったことの責任を原告にのみ帰するのは酷なことであって、原告に右指示に背こうとする主観的意図があったとみる余地は全くない。

(二)  投薬の服用を中止させたとの点について

(証拠略)には、原告が、被告病院の薬は効かない、服用しているとかえって悪化するとか、毒が入っている、薬や注射が嫌ならしなくてもよいなどと患者らに触れ回ったり、昭和五八年五月一三日の労働組合の集会で、被告病院では患者に毒を飲ませていると拡声器を使って言い立てたとの記載部分があるが、これらの証拠は(証拠略)と対比してにわかに措信しがたく、ほかに原告が右のような言動をもって患者に薬の服用を中止させたことを認めるに足りる証拠はない。

(証拠略)によれば、ヒルナミンやコントミンには便秘の副作用があるのでこれを防止するため、緩下作用を有するカマグ(重質酸化マグネシウム)がこれと併用されるところ、被告病院では一度に一週間分をまとめて支給するため、これを服用し過ぎて下痢に近い症状を起こすこともあることから、看護婦は従来医師から、そのときはカマグの投与を中止するように指導を受けてきたので、そのような場合には、一々医師の指示を受けないで未使用分のカマグを回収し看護婦詰所に保管しておくことがよくあったことが認められるが、もとより、これが医師の指示に反するものでないことは多言を要しない。

(三)  煙草の支給等特定の患者に便宜を供与したとの点について

(1) 煙草の支給のこと

(証拠略)には、患者が、原告から煙草を分けてもらったと言っていた旨の記載部分があるが、(証拠略)によれば、被告病院においては煙草は家族から患者あてに送られてくる分を含めて主として病棟長や看護長が取り扱い、看護婦は扱っていないことが認められ、右事実と対比すれば、(証拠略)の記載をもって原告が特定の患者に勝手に煙草を提供したことを認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) 菓子類の支給のこと

(証拠略)には、原告が患者に勝手に菓子類を与えているとの記載部分があるが、(証拠略)によれば、被告病院においては入院患者に対し一週間に一度菓子類が支給されるが、一度に渡すと、直ぐ全部食べてしまう者や、他の患者に取上げられてしまう者があるため、原告を含む看護婦が看護婦詰所でそれらの患者の菓子類を保管して小出しに与えており、原告は本件解雇に至るまでその点について注意されたことはないことが認められ、ほかに原告が勝手に菓子を患者に与えていたことを認めるに足りる証拠はない。

(3) 買物のこと

(証拠略)によれば、被告病院においては、管理の必要上定められたとき以外は患者は自由に買物をすることができず、婦長ら責任者の許可を得てから、看護婦が患者に代って買物をしたり、患者に買物の指導をしていたことが認められるところ、(証拠略)には、原告は右のような被告病院の方針に反して責任者の許可を得ることなく勝手に患者のために買物をしているという趣旨の記載部分があるが、これらの証拠は右(証拠略)の記載と対比してにわかに措信しがたく、ほかに原告が勝手に患者の買物をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

(四)  特定の患者の家族への電話のこと

(証拠略)には、原告は患者から頼まれてその家族に被告病院の規則上必要な主治医の許可をえることなしに電話していたとの記載部分があるが、これらの証拠は(証拠略)の記載と対比してにわかに措信しがたく、ほかに被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  患者を煽動したとの点について

(証拠略)には、昭和五八年三月一一日、原告が当日の昼間勤務者のリーダーである看護婦の患者への指示を一々取り消し、患者に同看護婦の指示に従わなくてもよい旨触れ回っていると婦長らから被告において報告を受けたとの記載部分があるが、これが事実であれば、被告病院の秩序維持のために原告に対して直ちに厳重な注意、指導がされるはずであるのに、被告が原告に対し注意を与えた形跡はなく、右記載は直ちには措信しがたい。また、(証拠略)には、患者が被告に対し「わしを何のために措置入院したのか。お前がしたんだろう。組合の人も言っているではないか。」と怒鳴ったなどと、これが原告において患者をして被告に敵対するよう仕向けたためとも受け取られる趣旨の記載部分があるが、直ちには信じがたく、(証拠略)の記載も(証拠略)の記載と対比して措信できないし、ほかに右事実を裏付けるに足りる証拠はない。

(六)  徳島県医務課に対し虚偽の申告をしたとの点について

(証拠略)によれば、原告と鴨島中央病院労働組合の上部団体である徳島県医療労働組合協議会の事務局長見田治ら組合関係者は昭和五八年五月一九日、徳島県医務課を訪れ、担当職員に対し、被告病院では医療法規に定める看護婦の配置基準に比べて著しく看護婦が不足しており、県当局として指導をしてほしい旨要望し、その中で、看護婦間の業務引継ぎの際患者が六月一五日に集団脱走するとの話があるとの申し送りがされたことがあり、看護婦の極めて少ない被告病院においてはそのような事故も発生する可能性もあると説明したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告ら組合関係者は看護婦増員の指導を要望する話の中で、その必要性を訴える一つの事情として当局に対して右脱走のことを説明したのであって、ことさらに被告及び被告病院の名誉信用を毀損する意図で虚偽の申告をしたとみることはできず、したがって、原告の右所為が就業規則七一条一五号に該当するとはいいがたい。

(七)  特定の患者にかかりきりになったとの点について

(証拠略)によれば、原告が被告病院に就職した昭和五七年当時、精神分裂病の入院患者の一人である己村某は、人格の荒廃状態が著しく、病院内の誰とも交流がなく、非常に不潔で踊り場で小便をしたり、夜間同室の患者に殴りかかることも再々であったこと、己村は同年八月、原告が担当していた病棟に移ったので、原告はできるだけ同人に声をかけ、生活指導をしたところ、同人は自分で洗濯をするようになり、同室者との会話も見られ、シーツ交換の際には看護者に協力するなど社会性を持つようになり、このことは被告病院内の研究会でも事例として報告され、被告からも賛辞の言葉があったこと、原告は、己村一人に専念して同人だけを看護していたわけではなく、病室に入室するときにはその場の全員に声をかけるようにするなど気を配っており、他の患者からとくに不満苦情が出るようなことはなかったことが認められ、原告が己村の看護にかかりきりで他の患者の看護などの仕事を顧みなかったとの趣旨の(証拠略)の各記載は(証拠略)の記載と対比してにわかに措信しがたく、ほかに被告主張のような事実を認めるに足りる証拠はない。

(八)  重症患者を放置したとの点について

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(1) 入院患者の一人である戊田梅子は重度の精神薄弱者であり、ごく簡単な会話しかできず、食事以外のことについては介助を必要とし、危険に対する識別が全くできないため一人で放置すれば病院内外でいかなる事故に遭遇するかもしれず、目を離せない状態であった。

(2) 原告は昭和五八年五月二七日午前一一時四〇分ころ、二階の詰所から別の患者を面会室へ連れて行く途中、戊田が「いく。いく。」と言って原告の手を引いたので、その日の昼間勤務者のリーダーの了解を得て戊田を面会室まで連れて行った。すると、補助看護婦の原田喜代子が原告において忙しそうにしているのをみかね、自分が戊田を病室へ連れ帰ろうと繰り返し申し出たため、原告は戊田を原田に委ねることにし、原田が戊田を連れて開放病棟の中に入り、そこから直ぐに出てくるのを見届けたが、そのときの戊田の状況の確認はなかった。

(3) 原田は戊田を開放病棟から閉鎖病棟まで連れ帰り、両病棟の間の鍵は施錠されていなかったが、近くに看護婦がいたので、そのままその場を離れた。ところが、戊田は間もなく開放病棟まで出て来て、一人でいるところを発見され、看護婦山口智恵子に直ぐに連れ戻され、事なきを得た。

以上の事実が認められ、(証拠略)中、右認定に反する部分は(証拠略)と対比してにわかに措信しがたく、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、戊田が閉鎖病棟から一人で抜け出るという事態を招いたことについては原告を含めて関係者の間に油断があったことは否めないが、原告が戊田を開放病棟に放置したものではないことは明らかであり、ほかに被告主張のような事実を認めるに足りる証拠はない。

3  本件懲戒解雇の効力

原告が、注射の指示が出ているのに、これを中止したり、注射薬変更の指示が出ているのに、これを知らないで、変更前の薬剤を注射したことについては、原告にも看護婦としての職務の遂行上落度がなかったとはいえないことは個々の場合について前述したとおりである。しかしながら、前述したとおり、その間の事情については無理からぬ点もないではなく、少なくとも原告には被告やその他の医師の指示に背いてまで指示と異なる看護上の措置をとろうとする主観的な意図があったものでないことは明白である。他方、原告の右落度は、前述したとおり、被告病院における看護業務の管理体制の不備、医師の看護婦に対する指示、指導の不徹底にも由来しているのであって、原告の落度が重大な結果を招いたものでもないことを考え合わせると、右落度のゆえに原告を懲戒解雇に処するのは酷に過ぎるものであって、権利の濫用として許されないというべきである。

また、被告が解雇事由とするそのほかの点については、その存在を認めるに足りる証拠がないことは前述したとおりである。

したがって、本件解雇はこれに相当する事由なくしてされ、若しくは解雇権の濫用として無効であり、原告はいまなお、被告に対し被告病院の従業員としての地位を有するというべきである。

三  原告の賃金請求権

原告は被告に対し、労働契約上の権利として賃金請求権を有するところ、原告の本件解雇当時の賃金が月平均一五万〇九三〇円であり、その支払日が毎日二五日であることは当事者間に争いがない。したがって、被告は原告に対し、昭和五八年七月以降同六二年六月分までの賃金合計七二四万四六四〇円及び同年七月以降毎月二五日限り月一五万〇九三〇円を支払うべきである。

四  よって、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 片岡勝行 裁判官 栂村明剛)

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